認められたい心理と認められたいのに認めてもらえないワケ

Hiko
こんにちは、Hikoです。

 

人から認められたい、認めて欲しい。

 

そんな気持ちをほとんどの人が抱いたことがあるのではないでしょうか。

あるいは表には出さなくとも内心でとても「認めて欲しい!」と思ったこともあるかもしれません。

 

人間誰しも認められたい、認めて欲しい、あるいは褒められたい、すごいと言われたいという欲求を多かれ少なかれ持っています。

 

ほとんどの人は「褒められたくない」「認めてほしくない」と本気で思うことは少ないことでしょう。

認めてもらったり褒めてもらったりすれば少なからずうれしく感じます。

 

しかし時に「認められたい」「認めて欲しい」という気持ちが強くて相手を束縛しすぎたりコントロールしようとしてしまったり、あるいは攻撃したり自分を傷つけてしまう人もいます。

 

そのような時はなぜ「認められたい」という気持ちが収まらないのか、「なぜ認めて貰えないのか」ということについて考え直してみることが最適かもしれません。

 

今回は「認められたい」という気持ちから考えられる心理と、認められたいという気持ちのほどよい抑え方、そしてどうしたら人から、あるいは自分で自分のことを認められるのかについてご紹介していきたいと思います。

 

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なぜ認められたいのに認めてもらえないのか

まず始めに、「認められたい」「認めてもらえない」「どうやったら認められるの」「こんなに頑張っているのに認めてくれない」と感じて息切れをしている人は『自分は認められていない』という思い込みをしている可能性が高いということを知っておきましょう。

 

つまり、自分のことを認めてくれている人もいますし、そのままでも良いよと言ってくれている人は必ずいるのですが、そこに気づかず「自分は認められていない」「認めてくれない」と感じ続けているのです。

 

いくら周りに自分のことを認めてくれる人や環境があったとしても、自分自身が「自分は認められていない存在なんだ」「自分はまだまだな存在なんだ」という気持ちを強く持っていると気付けず、相手の愛情も受け取れないのです。

 

認められたい、認められていないと強く思っている人はまず、「実はすでに自分は認められている」「自分自身で自分のことを認められない存在だと思い込みすぎている」可能性に注目してみましょう。

 

「誰に認めてもらいたいか」ということに目を向けていない

認めてもらえないと感じている人は、一体「誰に」認めてもらっていないと感じているでしょうか。

 

自分?親?周囲の人?厳しい上司?恋人や家族?世界中の人?

まずは「誰に認めてもらいたいのか」をなんとなくでも分かっていないと永遠に「認めて欲しい」という気持ちは尽きることがありません。

 

もちろん誰に認めてもらいたいのかが分かっても全てが解決するわけではありませんが、根本的な部分に目を向けなければならないことも事実です。

 

なぜ認めてもらえないと感じるのか

多くの場合、人から認められたい、認めて欲しいと強く感じている人はすでに認められているのにもかかわらず自分の中で自分を認められず、自分を許すことができず「もっと、もっと」と他者からの認め・褒めを過剰に要求しています。

 

当然過度に認めて欲しいと思って行動しても他の人も他の人の考えがあるのでいつでも「すごいね」「認めてるよ」と言ってくれるわけではありません。

 

いつまでも相手に要求し続けているとうんざりされてしまうことも当然かも知れません。

 

ではなぜ、そこまで誰かから「認められたい」「認めて欲しい」という気持ちを強く抱くようになるのでしょうか。

 

幼いころの勘違い

特に大きな要因といして考えられるのが「幼いころの経験」です。

 

幼いころ、特に親子の間や学校の中、近しい人間関係の中で「言うことを聞かなければ悪い子」という風に思い込み過ぎてしまったことが関係している可能性が高いのです。

 

親の言うとおりにしなければいけない、大人に認められるような存在でなくてはならない、頑張らないと認めてもらえないという気持ちを強く抱く経験をすると、「ありのままの自分ではダメだから、認められるように頑張らないと」と思い始めます。

 

自分は認められてない存在という前提で生きてしまっている

ここで注意してほしいのが、「頑張らないと」「何かを身に着けないと」「資格を得ないと」認められないという思い込みをしてしまってはいないか、ということです。

 

つまり、そのままの存在、何かをしてもしなくても、素晴らしい成績を残しても残さなくても、立派だと言われるような存在になってもならなくても「認めてもらっている」という気持ちから、「何かをしないと認めてもらえない存在なんだ」という気持ちに変わってしまっているかもしれないのです。

 

「何か立派だと言われることをしなくては認めてもらえない存在」ということはつまり、『マイナススタートな存在』ということです。

 

これは辛いもので、常に頑張り続けたり動き続けないと認めてもらえないと思い込んでいるために心の休まる時がなくなってしまっているかもしれないのです。

 

 

認めてくれない人のそばにいることを選んではいないだろうか

「誰も認めてくれない」と思い込んでいる人の中には、自分の人間関係に中にあえて「自分のことを認めてくれない人」を選んでしまっている可能性もあります。

 

そんなわけはないと思うこともあるかもしれませんが、「認められたい」と思っている人は「自分は認められていない」という前提で行動してしまうことが多いので「自分のことを認めてくれない人」を選んでその人に自分のことを「認めさせよう」「認めてもらおう」と考えて人間関係を築いてしまうのです。

 

最初から認めてくれている人のそばにいても「認めてくれた」と感じることができないのであえて「認めてくれない人」を選んできつい状況に追い込むことも見受けられるのです。

 

 

認められたいという気持ちの奥底にある心理とは

次に、「認められたい」という気持ちにどのような心理が隠されているのかを見てきましょう。

 

本質的な心理を知ることで、自分や周囲の人の気持ちも理解しやすくなるかもしれません。

 

親から認められたい・親に認めさせたいという気持ち

認められたい・認めて欲しいという気持ちが強い人は、「親から認めて欲しい」「親に認めさせたい」という気持ちが強く残り続けているかもしれません。

 

幼いころに「あれはダメ」「コレもダメ」と言われたり、親の言うとおりにしなければ褒めてもらえなかったりすることが続けば当然「親に認められる行動をしなければ」「他人から認めてもらえるような生き方をしなくては」と思うようになります。

 

「親から認められたい」「親に認めさせたい」という気持ちが強すぎると自分の中で満足することができずいつまでも頑張り続けたり、あるいは認めてもらえないことがあると深く落ち込み、傷つき、自暴自棄になってしまうこともあるかもしれません。

 

自分は認められていない存在だという思い込み

認められたい、認めて欲しいという気持ちは少なからず抱くものですがその気持ちが強すぎる時は自分のことを「自分は認められていない存在だ」と認識してしまっています。

 

「自分は認められている存在だ」と思えている人は他者や周囲にそこまで過剰に「認められること」を求めません。

自分の中の前提が「認められていない存在」なので、何かにつけて認められることを求めてしまうのです。

 

自分で自分のことを認められない

「自分は認められていない存在だ」という前提を持っているということはつまり、自分で自分のことを認めることができないということです。

 

自分で自分に対して「いや、自分はまだまだだ」「自分はもっと頑張らなくては」と強く思っていると「今の自分」に対して許しや認めを与えてあげることができません。

 

もちろん向上心を持ったりやりたいことに向かっていくことは大切なことでもありますが、それを超えるような「自分に対する追い込み」「過剰なまでの自責・自己否定」は一歩間違うと自分を傷つける行為にもなってしまいます。

 

他人から認めてもらわないといけないと感じすぎている

他の人から「すごいね」「頑張ってるね」という風に声をかけてもらったり認めてもらったりすることは嬉しいものです。

 

しかし、それを過剰に求めるには限度があります。

いつでもどんな人でも「認めてるよ」と言ってくれるわけではありませんし、どのような行為や生き方でもそれを批判する人や反対する人は少なからず存在します。

 

批判や反対が悪いこと、というわけではなく、生きている限り『絶対的に良いこと・認められること』というものは存在しないかもしれないということを知っておいた方が良いのではないか、ということです。

 

一方の目線から見て「良いこと」とされることでも回り回ってどこかで「悪いこと」と捉えられるかもしれません。

 

その中でいつまでも「他の人から認められなくてはならない」と思って行動しすぎるとキリがなくなってしまい、自分を潰してしまうことにも繋がります。

 

他人から認めてもらうことだけが「自分の価値」と思うことは大変辛い生き方ではないでしょうか。

 

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認められたい気持ちが強すぎるとどんな影響があるのか

人から認められたい、認めて欲しいという気持ちが強すぎると生きることに対してどのような影響をおよぼすことが考えられるでしょうか。

 

他人に対して依存的・支配的になってしまう

自分で自分のことを認められなかったり、誰かから認めてもらうことだけが自分の価値だと感じていると自分の事を認めてくれる人に対しては依存的になり、認めてくれない人に対しては「認めさせてやろう」と支配的・攻撃的になってしまうことがあります。

 

自分のことを認めてくれる人は嬉しいのですが、認めてくれることを求めて「もっと、もっと」と自分の望まない行動を取ってしまったり相手をコントロールするための行動にも走ってしまいます。

 

また自傷行為や攻撃的な行動をとって相手の興味を惹こうとすることもあるのです。

 

認めてくれない人に対しては「認めさせるため」に相手の弱い部分につけこんだり、逆にあえて困難なことを選んで自分を追い込むような行動を取り続けることもあります。

 

今の生活に満足できず過食・過剰な買い物・人間関係に陥る

人から認めてもらいたいという気持ちの強さから、「今のままではダメだ」という発想になり「もっと欲しい」「もっとやらなくては」と自分を追い込みます。

 

その中でも例えば、もっと良いもの・高いものが欲しいと考えてキリのないような過剰な浪費、あるいは複雑な人間関係に自ら入り込み「認めてもらおう」と自分を追い込みます。

 

また、今の自分は認められていないという思い込みからストレスを感じ続けそれをごまかすために暴飲暴食、アルコール、ギャンブルなどにはまり込むこともあるのです。

 

自分を傷つける生き方をする

認められたいという気持ちが他者に向かう場合とは反対に、自分自身を傷つけることに向かう人もいます。

 

「どうせ自分は認められていない」「誰も自分のことを認めてくれない」「どうせ親は自分のことを認めない」「認めてくれない」という気持ちから自分を傷つけるようになります。

 

他者を傷つけることも自分を傷つけることも本質的には同じことで、「自分は認められていない」「認められるようにならなくては」という思い込みから行動がスタートします。

 

 

認められたいという気持ちを軽くするためには

ではここから、「認められたい」「認めて欲しい」「認められなくては」という気持ちを少しでも軽くする方法・行動をご紹介していきましょう。

 

認められたかったという気持ちを吐き出してしまう

認めて欲しいという気持ちが完全に尽きることは無いかもしれませんが、自分の中で認めてほしくてこだわり続けている部分をまずは探してみましょう。

 

特に「親に認められたかった」「先生に認められたかった」「兄弟に認められたかった」「友人に認められたかった」「恋人に認められたかった」という気持ちが残り続けていないかを確認してみましょう。

 

とにかく声に出して「認められたかったなぁ」「認めてほしかったなぁ」と言ってみることが大切です。

 

「お母さんに認めてほしかったなぁ」「良いよ、って言ってほしかったなぁ」「できないこととできること両方あって良いよって認めてほしかったなぁ」という気持ちはないでしょうか。

 

まずは徹底的に「認めてほしかったなぁ」という気持ちを吐き出すことで、自分で自分の気持ちを受け入れることになり少しでも気持ちを軽くすることができるのです。

 

 

「認められてるしなぁ」と言ってみる

初めの方で触れましたが、自分のことを認めてくれていることを感じられる機会はあったはずです。

 

幼いころであったり、あるいは声に出して言われたことではないかもしれないので気づいていないかもしれません。

 

些細な部分で自分に優しくしてくれている人やもの、機会はたくさんあります。

そこに気づくためにも、「認められてる」ということを感じてみましょう。

 

ここでも声に出してみることが大切です。

「認めて欲しいと思ってたけど、認められてるしなぁ」「なんだ、認められてたんじゃないかぁ」という風に声に出してみましょう。

 

今は気づくことができなくても、記憶の何処かに、あるいはこれから出会う出来事で「自分は認められている」「認められていた」と気づくことに触れやすくなります。

 

これまでは「認められていない」という気持ちで行動していたために気付けなかったことや受け取れなかったもの、あるいは思い込みが少しづつ外れていくことでしょう。

 

認められている前提で行動してみる

今まで「認められたい」「認めて欲しい」という基準で取っていた行動を、これからは「認められている前提」でやりたいことをしてみましょう。

 

相手や誰かから、親から認めてもらうための行動を取るのではなく、もう世界から認めてもらったつもりでやりたいことに挑んでみるのです。

 

認めてほしいから、という気持ちではなく「純粋にやってみたいから」「興味があるから」やってみるということが大切です。

 

認めてほしいからやることは「認めてもらう」という結果が無いと終わることがありません。

それに対して「自分がやってみたいから」という気持ちでやることは認めてもらう・認めてもらわないに関わらず楽しかったり満足できるので落ちついて行動できます。

 

また、誰かに認めてもらわなくてもやりたいことをやっても良いんだという感覚を知るためにも是非何度でも「やりたいからやってみる」「面白そうだからやってみる」ということを取り入れてみましょう。

 

 

自分を認めると、相手も認められるようになる

認めてほしかった気持ちを吐き出す、認められてるんだと言ってみる、認めてもらう・もらわないにこだわらなずに「やってみたいこと」に挑戦してみる、という行動を取り入れていくと自然と「自分で自分のことを認められる」ことに気づきます。

 

自分の純粋な気持ちを尊重しても、それでも世界は楽しく、優しい部分がたくさんあることを知れるからです。

 

他人から認められることにこだわらなくても楽しいんだという気持ちが分かってくると、自分で自分を認められ、満足できるようになります。

それと共に「相手を認める」気持ちも自然と出てくるようになります。

 

自分のやりたいことができることへの感謝であったり、周りが十分に自分を認めてくれていることに気づいた感謝を「相手を認める」という行為で表現できるようになるのです。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

 

認めて欲しいのに認めてもらえないと感じている人はそもそも「自分は認められていない存在だ」という前提からスタートしていないかを考えてみることが大切です。

 

自分は認められていない存在だという前提を持ったまま行動していてはいつまでも満たされることがなく、認めてもらっていたとしても気づくことができません。

 

その上で、

認めてほしかったという気持ちを声に出して吐き出す

認められてるしなぁ、認められてたんだなぁと声に出してみる

認められている前提で、純粋に自分のやりたいことに取り組んでみる

ということに触れていってみてみましょう。

 

自分で自分を認めることができたとき、終わりのない「認めて欲しい気持ち」が小さくなり、今の自分・今の生活の豊かさに気付け、人間関係も変化することでしょう。

 

小さな一歩ずつでも良いので是非、取り組んでみてくださいね(*^^*)

 

 

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