欠点は補わなくていい、埋めなくていい、足さなくていい。

こんにちは、Hikoです。

 

なぜか焦ってしまう。

どうしても追い立てられているように感じる。

自分の何かが、『ダメ』な気がする。

 

そんなときは、自分に足りないと「思っているもの」を足そうとしているからかもしれません。

 

『足りない』『欠けている』『ダメだ』『欠点だ』『直さなきゃ』と思って始めたことや、やったことがさらに大きな欠乏感を生んでしまうこともあります。

そもそも『ない』『ダメだ』と思っていることからスタートしてしまっているので、埋めるための作業を止めるとたちまち不安になってしまうからです。

 

今回はそんな『自分が欠点だと思っていること』を埋めない・足さない・補おうとしなうということについて見ていきましょう。

 

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欠点を補おうとすれば自分らしさが消えて、苦しくなる

欠点を無くす、欠点を補うという行為はしたくなりますし、どうしてもできるようになりたい、よく見られたいと思いがちです。

 

ですが、その『欠けていると思っている部分』を無くそうとすることはかえって自分らしさ、自分そのものから離れていき、どんどん息苦しくなっていきます。

 

「こんな自分じゃダメだ」「もっとやらないと」「付け足さないと」という気持ちから行動してしまっているために、本来自分が気軽でいられる生き方からズレていってしまうのです。

 

ダメだと思っている部分は、欠けているわけではない

今自分が意識的にも、無意識的にも『ダメだ』と思っているところはダメそうに見えても、『欠点』ではないのです。

 

ダメそうに見える、ダメだと言われそう、ダメだろうと思う。

でも、『欠けているわけではない』。

 

どこかのタイミングで『ダメなんだ』と思い込んだ自分がいただけで、それは決して無くそうとするものではないし、補わなくていいし、付け足さなくてもいいのです。

 

何かと比較して『欠けている』と思っても、それは『ダメなこと』『罪』『裁かれるもの』ではないのです。

 

欠点だと思っているところは、あなたの罪の証じゃないから

自分が『欠点』と思っていて、直さなきゃ、これがあるのはダメだ、隠さなきゃ、と思って生きているとその分心や体が苦しさを感じ始め、人生そのものにも苦しさを感じ始めます。

 

そっちじゃないよ、隠そうとしなくてもいいんだよ、直そうとしないでもいい、そのままにしておいて、という心と体のサインが読み取れることでしょう。

 

『欠点』を直そう、隠そう、付け足そうとするということは、その部分を『問題視』してしまっているのです。

つまりその部分を『悪』『よくないもの』『罪』だと思ってしまっているのです。

 

その気持ちが自分責めにもつながっていき、わざと辛い環境に身をおいたり、飾り立てたり、逆にオシャレをすることを我慢してしまったり、自分が苦しくなる選択をしがちになっていきます。

 

欠点を補う・隠す・付け足すための行動をやめてみる

もし今自分が自分らしい気持ちから離れてしまっていると感じているのであれば、『付け足す』『補おうとする』『隠そうとする』ための物事をやめてみることが一つのきっかけになるかもしれません。

 

自分には足りていないから準備する、買う、頑張る、飾り立てる。

それらを一つずつやめていってみましょう。

 

そうするとそもそも、『足りていない』というのは気のせいで、あるいは決して悪いものではなくて、裁いたり隠したり、付け足すものではなかったことに気付けていきます。

 

隠さなくても、いい。

付け足さなくても、いい。

補おうとしなくても、いい。

 

苦手なこと、疲れてしまうこと、不得手なことは頼ってみてもいい

仕事や家庭、友人関係などでも、どうしてもできない、苦手、疲れてしまうことは頼ってもいいのです。

 

それらができないこと、苦手なことは決して悪いことではなく、一つの特徴なのです。

 

頼って、任せて、信頼していきましょう。

 

隠してきた素晴らしさも、さらけ出していい

逆に、自分のことを『欠けている』と思って好きなこと、やりたいこと、得意なこと、おしゃれ、自己表現を諦めてしまっている人もいるかもしれません。

 

「どうせ自分は欠けているし。」

「どうせまだまだ足りていない人間だし。」

「どうせ素晴らしくないし。」

 

そんな言葉を信じて、自分を素晴らしいと信じることを諦めてしまっているかもしれません。

 

そんな人は、自分がすでに素晴らしいことを信じてみてください。

足りていないところなんてもともとないから、挑戦してみてもいい。

 

人を頼ってもいい。

泣いてもいい。

時間のかかることに挑んでみてもいい。

オシャレしてもいい。

恥をかいてもいい。

うまくできなくてもいい。

失敗することがあってもいい。

飛び出してみてもいい。

 

大丈夫。

欠けていないから。

 

補う時間はもう、必要ないから。

 

たとえうまくいかなかくて、恥をかいても、あなたは何一つ欠けることはない。

欠けたこともない。

欠けてない。

 

失敗してもいい。

休んでみてもいい。

 

自分が隠してきたところを、隠すのをやめてもいいから。

 

ダメだと思っているところを、恥ずかしいと思ってもいいから。

 

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自分のことを、欠けているって表現しなくてもいい

幼いころ、過去、何かの経験、それらの中でいつの間にか自分のことを『欠けている』と思い込んでしまったかもしれない。

 

誰かに指摘されたり、ダメなところだと言われたり、変だと言われたり。

 

確かに、できないこともたくさんある。

苦手なことも、コンプレックスも、続かないことも。

 

でも、それを『欠けている』なんて言葉で表現しなくてもいい。

 

ダメなんだ、と責め立てることをやめていってもいい。

 

きれいな形ではないかもしれないけど、私たちはきっと、みなそれぞれ特徴的な形をしていて、でもそれは決して『欠けている』わけではなくて。

 

それが素晴らしさであって。

 

『特徴』を隠そうとしたり、直そうとしたり、付け足さなくてもよくて。

 

無理に捻じ曲げて付け足してきた自分を放り出して、頼って、補ってもらって、自分の素晴らしいところをさらけ出して、恥かいて、生きていこう。

 

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