自分が嫌いな人が自分を受け入れられるようになる9つの思考

自分が嫌い。

 

自分が憎い。

 

自分の弱いところ、ダメなところ、できないところ、情けないところ、苦手なところ。

そんな部分が目立って、どうしようもなく自分が嫌い。

 

自分には何もできない。

自分には生きている価値が無い。

 

そんな風に、辛く、苦しく、もがいている方がいるかもしれません。

 

今回は、どうしようもなく「自分が嫌い」で、どう考えても自分を受け入れることなんてできないという時に知ってほしい考え方をご紹介していきたいと思います。

 

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どうして自分を嫌いになっているのか

「自分が嫌い」「自分なんて…」と考えやすい人には、一体どのような思いが隠されているのでしょうか。

 

自分のやりたいことを抑えてしまっている

要因の一つは、『自分が本当にやりたいこと』を抑えて、後回しにして、おざなりにしてしまっていることが挙げられます。

 

自分のやりたいことをやらずに、やりたくないことをやるということを続けていると次第に嫌気が差していくのと同時に自分の気持ちは蔑ろにされてしまうものなんだ」「自分はどうでもいい存在なんだ」と思い込みはじめてしまうのです。

 

表面上はやりたいことをやっていたとしても、心のどこかに「本当にやりたいこと」を隠して、抑えて、「そんなことをやってはいけないんだ」と自分に言い聞かせ続けているとどうしても自分のことが嫌いになってしまうのです。

 

自分には価値が無いという思い込みをしている

自分が嫌いという人の多くは、「自分には存在価値が無い」「自分には何もできない」「自分は許されない存在」「自分は悪人」といった思い込みをしていることがあります。

 

きっかけは人によって様々ですが、子供の頃などに親や学校、友人やテレビで言っていたこと、言われたこと、経験したことをきっかけに「自分はダメなところしかない」と思い込み初めてしまったのです。

 

私たちは得意なこと、得意じゃないこと、やりたいこと、やりたくないこと、できること、できないことが人それぞれありますが、自分が嫌いという時はどうしてもネガティブな部分ばかりが目に入ってどうにかしようとして、自己否定を繰り返してしまうのです。

 

何事も完璧でないと自分を許せなくなっている

あれも頑張って、これも自分でして、もっと頑張って、もっと完璧に、もっと、もっと…。

 

そうやってなんでもかんでも完璧に、一人で、すべてをこなそうとしてもどうしても限界があります。

 

自分の不得手なところや苦手なところ、少し抜けているところなどを受け入れられず、そして自分の思う完璧にたどり着けなかった時に、自分のことを激しく避難して、批判して、傷つけていくのです。

 

小さなことから大きなことまでそうやって自分のことを傷つけていくと、自分の中で自分のことをどんどん嫌いになってしまうのです。

 

自分の心を蔑ろにしてしまうと、自分と仲が悪くなる

思い込みにしても、行動にしても、自分自身のことをおざなりにして、自分のやりたいことを封じ込めて、自分の心を蔑ろにしてしまうと徐々に心が曇り、自分のことを嫌いになっていくのです。

 

自分は素晴らしくない、は思い込み

自分のことを嫌いになっている時は、自分のできないところ、失敗したこと、引け目を感じるところばかりに目が向いています。

 

あれもできない、これもできない、自分はダメ、自分は素晴らしくない、終わってる。

 

本当はそんなことはないのに、過剰に自分のことをこき下ろしてしまうのです。

 

そして一つだけ言えることは、あなたが自分のことをどれだけ嫌いで、どれだけできない部分があって、どれだけ弱い部分があろうとも、それでも素晴らしい存在だ、ということです。

どれだけ欠点だと思うところが多くても、素晴らしい存在だということを頭の片隅に置いておきましょう。

 

やりたいことをどれだけ抑え込んできただろうか

「あれをしてはいけない」「これはダメ」「なんでそんなことをするの」「バカ」「やめなさい」「もっとちゃんとしなさい」。

 

そんな言葉を多くかけられてきた人もいるかもしれません。

 

親や大人たちはよかれと思ってその言葉をかけてきたのかもしれませんが、その言葉を深く深く信じ続け、守り続け、自分が本当にやりたいことを我慢し続けてきてはいないでしょうか。

 

「本当はあれがしたかった」「本当はこれがしたい」「本当はやりたくない」「本当はやめたい」。

そういった心の声を『親の声』などで無理に抑え込んでしまうと自分自身とどんどん仲が悪くなってしまうのです。

 

「自分の気持ちなんてどうだっていいんでしょ」「自分の気持ちを話したってムダなんだ」「もう何も信じない」と心が怒りに包まれてしまっているかもしれません。

 

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自分が嫌いな人が自分を受け入れられるようになる9つの思考

自分が嫌いで、嫌いで、嫌いで、どうしようもない。

 

そんな時に、いくつかの考えを思い起こして自分と仲直りしていってほしいと思います。

頭の片隅にでも置いておいて欲しいと思います。

 

自分を嫌ってもいい

自分を嫌ってもいい。

 

自分と仲良くすごすことができれば楽ですが、どうしようもなく自己嫌悪に走ってしまう時は、自己嫌悪しましょう。

どうしても受け入れられない、どうしても嫌、どうしても。

 

そんな時はその気持ちをそのまま垂れ流してしまったほうがよいこともあります。

 

ネガティブな部分・気持ちは解決しなくていい

自分が嫌いだと言う人は、「あれができれば」「これが手に入れば」「もっとポジティブになれば」「解決すれば」自分を好きになれるのにと考えがちかもしれません。

 

その『たら・れば』は全てやらずに放っておいてもよいのです。

 

ネガティブだと感じる部分、できないこと、苦手なこと、悲しい気持ち、辛いこと、嫌なこと、ダメな部分。

それら全て、そのままにしておいてもよいと意識してみましょう。

 

やりたいこと・やりたくないことを、素直にやって、やめてみていい

やりたいこと・やりたくないこと、それらを自分の心にひとつひとつ訊ねながら素直に行動していってみることもオススメします。

 

長年自分の気持を抑えてしまっていた場合、簡単には自分の気持ちが分からないこともあります。

その時はそれでもよいのです。

 

あれがしたいな、これがしたいな、あれはやめたいな、これはやりたくないな。

いきなり大きなことはできないかもしれませんが、日常の些細なことからでも自分の気持ちに従っていくと、少しづつ、自分のことを知って、嫌いな気持ちが和らいでいきます。

 

べき論、正論、常識、普通に従えなくてもいい

普通の人はできるのに、自分にはできない。常識ではこうなのに、嫌だ。こうするべきかも。

 

そういった正論・常識・べき論に従ったり、忠実にできないことがあってもいいのです。

 

『普通』というよく分からない枠組みから外れてもよいと知っておきましょう。

 

同時に、普通であってもよいのです。

どちらを選んでもよいと自分に許していきましょう。

 

できないことがあっても自分は素晴らしい存在である

自分が嫌いな理由が、何かができない、ダメな部分がある、弱いところがある、失敗した過去がある、情けない、といったことであれば、それらは決して『悪いこと』ではありません。

 

ダメなあったり、できないことがあったり、思うようにいかない部分があったとしても、決して価値がない人間ではないのです。

 

どれだけ情けないところがあろうと、ダメなところがあろうと、素晴らしい存在です。

信じられなくてもよいのです。

 

もしかしたら、自分はそれほど悪くないのかもしれない、と疑ってみましょう。

 

親や他人の期待に沿えなくてもいい

もしかしたら、親や身内、友達や恋人の期待に沿えない自分を厳しく裁いているかもしれません。

 

誰かの言うような立派な人間になれなかった。

学歴も、外見も、好みも、きちんとできなかった。

 

そんな自分をとことん嫌っているかもしれません。

 

しかし、誰かの期待に沿えなくてもよいのです。

期待に沿わないことと、自分自身の素晴らしさは関係ありません。

 

誰かの思うように生きなくてもよいのです。

自分が期待に応えたければ応え、もし違うことがしたかったり、沿えない部分があるのならばそれでよいのです。

 

あなたはあなたです。

 

人を嫌ってもいい、どれだけ黒い自分がいてもいい

人を嫌ったり憎んだり、他人に対して黒い感情を抱く自分を許せないことがあるかもしれません。

 

しかし、それらの感情もそのままでよいのです。

 

それらの感情もひとつひとつ、自分自身のものです。

そのまま、やりたいことをやったり、伝えたいと思ったことを伝えてみましょう。

 

何も、欠けていません。

何も、直すところなどないのです。

 

自分と他人・感じること・起きることからコントロールを手放す

自分を嫌いになる感情は、『そのまま』『素のまま』から自分が離れれば離れるほど大きくなっていきます。

 

親を嫌う、勝手に行動する、やりたくないことをやめる、人とぶつかる、お金を使う。

 

自分の中からどうしようもなく湧いて出る感情をそのままにしてコントロールしなくてよいのです。

ネガティブな部分や、嫌なことがあって、それでもなお『自分がどうしたいのか』。

 

それを少しづつ、少しづつ、見つけていきましょう。

 

人に対して無理に辛く当たろうというわけではないのです。

しかし、『自分がどうしたいのか』を考えて、一つ一つ行動していくと次第にぶつかることも出てくるでしょう。

 

それらの出来事、自分、他人、過去、未来。

そういった一つ一つを、思い通りにしようとか、期待通りにしようとか、コントロールしようとか、もう思わなくてもよいのです。

 

『自分はどうしたいのか』『自分は何をやりたくないのか』を見つけていきましょう。

 

どうせ、ちゃんとしても、ちゃんとできなくても、素晴らしいから

親や周りの人から「ちゃんとしなさい!」「どうしてできないの!」と言われたり怒られたりすると縮上がったり、または「うるさい!」「そんなことない!」と反発心・怒りが吹き出てたまらなくなってしまうこともあるのではないでしょうか。

 

その感情もそれで良いのですが、同時にそれらの言葉は『自分が自分に言っている言葉』でもある可能性があります。

 

「どうせ自分はちゃんとしていないと受け入れてくれない」「どうせ自分のちゃんとできる部分しか受け入れてくれないんだ」「もっとちゃんとしていない部分を受け入れてよ!」という言葉が、無意識のうちに自分の行動として生活に表れていることがあるのです。

 

無理に「ちゃんとできない部分がある自分」を出して、それを「いいよ」と言ってもらえないことによって「やっぱり自分のできない部分は出しちゃダメなんだ」と確認しているのです。

 

相手の反応は「自分の素晴らしさ」とは関係がありません。

 

そして、相手の反応をコントロールすることもできません。

 

自分を責めてみる

「だめな自分」「ちゃんとできない自分」「しっかりしていない自分」を誰かに突っ込まれると、「そんなことない!」「やめて!」と身体が反応して、苦しくなる人もいるかもしれません。

 

「ちゃんとしてない自分」「しっかりしていない自分」を見られると、まるで自分のことを罪人であると言われているように感じてしまうのです。

 

本当はそんなことはないのですが、同時に「ちゃんとしていないね」といった言葉を「そんな自分はいない!」と突き放し続けるといつまでも「自分の不得手な部分」「どうしても自然にはできない部分」を否定してしまうことになるのです。

 

つまり、自分の「できないところ」「ゆるいところ」を自分で拒絶してしまっているのです。

 

「できない」「しっかりしていない」「ゆるい」というのは決して『悪いこと』『罪』ではありません。

そして、一度その「しっかりできないところ」を自分自身で”責めてみる”ということも一つの手段です。

 

「自分はなんてダメな奴なんだ!」「おまえはちゃんとしていない!」「バカ!」といった言葉を自分に投げかけましょう。

とても辛く、苦しく感じるかもしれません。

 

しかし自分をしっかり責めると、だんだんと「そうか、自分はしっかりしていないところがあるんだ」「そうだ、自分にはできないところがあるんだ」ということを受け止められるようになってきます。

 

それでもいいんだ、ということを感じ始めるのです。

 

責めて、それでも素晴らしくて、大丈夫になる

自分のできないところ、劣っていると思われるかもしれないところを今まで隠そうとして苦しかったかもしれません。

 

そしてそれを自分で責めて、それでも素晴らしいんだよ、それでも大丈夫なんだよ、ということを自分に言い聞かせていくと、自分の欠点だと思っていたところを隠したり、身構えたりする必要がなくなっていくのです。

 

もちろん、人から怒られたり、嫌われたり、何かを言われることもあるでしょう。

 

それでも、素晴らしい存在であることに代わりはありません。

 

どんな自分でも、全方位存在していてよいのです。

 

その中で、自分がどうしたいか、を選び取ってもいいのです。

 

まとめ:見失いかけていた自分と向き合って、仲直りしよう

自分が自分のことを嫌いになるのは、自分と向き合い直すチャンスかもしれません。

 

「どうして分かってくれないの」「どうして思い通りに動けないの」「自分が嫌い」「もう何もかも投げ出したい」。

それらは、心の叫びでもあります。

 

「本当はもっとしたいことがあるのに」

「本当はもっと自分自身の声を聞いてほしいのに」

「本当はもっと優しくしてほしいのに」

「本当はもっと自分自身を受け入れたいのに」。

 

自分が嫌いで仕方がないという瞬間は、どうしようもない気持ちになることでしょう。

 

それでも良いのです。

 

そんな時もあるのです。

 

そして、そんな気持ちを感じて、それで、自分はどうしたい?

自分はどこへ行きたい?

自分は、本当は、なんて言いたい?

 

それらを、少しづつ、少しづつ、言葉に、行動に、移してみましょう。

 

今までの自分も、今の自分も、これからの自分も、本質は、自分は、ずっと自分の中にいます。

どれだけ自分のことを見失っていても、必ず自分の中に、声があります。

 

「あそこへ行きたい」「これがしたい」「もうやめたい」「嫌い」「うるさい」「離れたい」「自分にやらせて」「欲しい」「いらない」「好き」。

 

日常の、些細なことでも、「なんとなく自分はこう思うな」「なんとなく自分はこうしたいな」と感じればそれを優先していってあげましょう。

 

小さな行動は、次第に大きな行動に変わっていきます。

 

その時も、出来る限り『自分の声』を優先してみましょう。

 

失敗してもいいのです。泣いてもいい。

笑われてもいい。それに対して怒ってもいい。

 

うまくいかない時もある。悲しいこともある。

良い時もあれば、批判される時だってある。

 

それら全てが許されていて、どっちに転んでも良いのなら、「どうしたい」でしょうか。

 

「僕は、私は、自分は、こうしたい」「これはしたくない」。

その声に耳を澄ませて、動いていくことが、自分と仲直りしていくきっかけになるでしょう。

 

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