
嫌なことから逃げたい。
嫌なことは全て投げ出してしまいたい。
そう感じることが誰にだってあるのではないでしょうか。
嫌なことから逃げたいと感じることは悪いことではありません。
誰であれ、生きているのであれば出来る限り嫌なこと、やりたくないことはやらずに済んだほうが心穏やかに過ごせます。
しかしながら同時に、自分の心の中では「やりたくないこと・嫌なことでもやらなくては」「嫌なことでもやらなくては立派にはなれない」「世間体的によろしくない」「上司や部下、親や友人が見ているから嫌なことから逃げるわけにはいかない」という葛藤も生まれるのではないでしょうか。
嫌なことから逃げたいと思った時、自分は逃げたほうが良いのか、逃げずに立ち向かったほうが良いのか、あるいは他の手段を考えてみた方が良いのか。
様々な思案を巡らせることと思いますが、今回は「嫌なことから逃げたい」と感じた時に自分はどういった選択肢を選んだほうが良いのかについて考えていきましょう。
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嫌なことから逃げたい理由は何?

もし今何か嫌なことから逃げたいと考えているとすれば、「逃げたい理由」を考えたことはあるでしょうか。
仕事が嫌で逃げたい、家族が嫌で逃げたい、人間関係が嫌で逃げたい、学校が嫌で逃げたい。
人はそれぞれさまざまなことから逃げたいと思うものです。
そんな時は何よりもまず、『逃げたい理由』をしっかりと考えてみることが大切です。
逃げたい理由をはっきりさせたほうが良い理由
「嫌なことから逃げたい」と感じた時にその理由・要因をはっきりさせたほうが良いのは、根本的な理由や要因を自分で認識して受け入れていかないと、いつまでたっても嫌なことが目の前に現れたり、自分の気持ちがあやふやなまま進んでいかなくてはならなくなるからです。
「〜が嫌だ」という気持ちが自分で分かるようになるとしっかりとそれらを拒否したり誰かに依頼したり、あるいは違う方法を考えられるようになるのです。
もちろん「なんとなく嫌だ」という時もありますが、どちらにせよ「なぜ・何が嫌なのか」ということははっきりさせてみましょう。
仕事や家庭・人間関係の中の何が嫌?
「仕事が嫌」「人間関係が嫌」と漠然と考えている時は、その『中身』をしっかりと見てみましょう。
お金が少ないから嫌なのか、拘束時間が長いから嫌なのか、同僚や上司が嫌なのか、仕事の内容が嫌なのか。
家庭や人間関係なら何かやりたいことを我慢しているから嫌なのか、単純に生理的に嫌なのか。
自分にとって「ここが嫌だなぁ」「こうしたいなぁ」「こうありたいなぁ」と感じることを自分なりにまとめてみましょう。
嫌なことから逃げて何がしたいの?

次に大切なのが、『嫌なことから逃げて、自分は何がしたいのか?』ということです。
嫌なことから逃げて寝ていたいのか、違う仕事をしたいのか、遊びに行きたいのか、読書をしたいのか、違う人と関わりたいのか。
何がしたいのかを考える時に肝心なのが、「素晴らしいこと」「役に立つこと」「立派なこと」でなくても良いということです。
どうしても嫌なことから逃げるのには立派な理由が必要だ、素晴らしいことをするから逃げるのだ、役に立つことがしたいから逃げていい、ともっともらしい理由をつけたくなりますが、必ずしもそうでなくても良いのです。
遊ぶことでも、喋ることでも、読書をすることでも、寝ることでも、一人暮らしをすることでも、実家暮らしをすることでも。
やりたいことに貴賎をつけたり優劣をつけなくていい
そもそも「嫌なことから逃げたい」と考えても実行できなかったり、罪悪感を強く感じるのは行動・やりたいことに貴賎や優劣をつけてしまっているのが要因の1つとして考えられるのです。
「嫌なことから逃げること=劣」「嫌なことでも我慢してやる=優」という考え方が自分も、時には人も苦しめてしまいます。
一銭の得にもならなそうなことでも、あるいは逆にとても役に立ちそうなことでも良いのです。
嫌なことから逃げたとして、自分が何を、どのようにしたいのか。
それらを深掘りしてみましょう。
嫌なことの何が嫌なの?

嫌なことから逃げたいと考えた時に「逃げたい理由」を自分が認識しておくことが大切です。
一体何が嫌なのか、どうして嫌なのか、どうすれば良いのか、どうしたいのか。
自分の気持ちを知ることが大切なのです。
世間体や常識、こうあるべき、ああするべき、親が言うから、誰かに批判されるから。
周りの声も時には大切ですが、一度じっくり自分の心に「何が嫌なの?」と尋ねてみましょう。
身体や心を壊しそうなことなら、逃げても良いことが多い
嫌なことから逃げたい、その理由が「身体や心を壊しそう」「違法な時間働かされている」「罵詈雑言を浴びせられている」という自分の身に危険が及びそうなことであれば逃げてしまっても良いことがほとんどのはずです。
仕事や人間関係において一方的に奴隷のように扱われる必要はありません。
自分を必要以上に貶めていると感じる場所からは出来る限り距離を置いてみましょう。
自分から何かしらのアクションを起こしただろうか?
嫌なことから逃げたいと感じた時に、身も心も壊してしまいそうならば逃げてしまったほうが良いことが多いですが、もし自分が「言ってもムダだ」「どうせ意味がない」「自分には無理だ」と勝手に諦めて行動を起こしていないことはないでしょうか。
「残業を減らして欲しい」「給料を上げて欲しい」「違う所に住みたい」「嫌なことをはっきりと嫌だと言う」といった、『自分はこうしたい』という気持ちを言葉にして伝えたり、実際に行動に移してみることも大切です。
批判されたり傷つくのが嫌?
嫌なことから逃げたいと思って逃げる前に、「自分はこうしたい」「本当はこうありたい」というアイデアや思いがあるならば一度行動に移してみたり発言してみましょう。
「嫌なことから逃げたい」というのは建前で、本当は「自分のやりたいことをやって批判されるのが怖いから逃げたい」ということはないでしょうか?
もちろん誰でも批判されたりバカにされてしまうのは心地よいものではありません。
しかしながら「批判されたり嫌われそうだから逃げたい」という気持ちで逃げると、自分の中の『これがやりたい』という気持ちを大切にすることができず、ほとんど間違いなく同じような場面に遭遇します。
表面的な「嫌なこと」「怖いこと」からは逃れられても、『自分の本当の気持ち』からは逃れらません。
気づかないふりをしたり、無かったことにしようとすることはできますが、それは時に自分の気持ちを押し込めた息苦しい人生にもしてしまうのです。
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自分の本当の気持ちを聞いてみよう

嫌なことから逃げたいと感じることは悪いことではありません。
自分にとって快適なもの、快適な場所、快適な仕事を選ぼうとするのは生き物として当然のことでしょう。
しかしながら、表面的な「嫌だ」という気持ちに流されて逃げてしまっても本質的に「何が嫌なのか」「何がしたいのか」に目を向けていないと状況が変わることはありません。
どうせ無理、どうせ意味がないと思っていないだろうか
どう考えても「逃げた方が良い」という環境や人間関係だと感じるのであれば逃げてしまっても構わないのです。
しかし、本当は他にやりたいこと・やってみたいことがあるけど、実際に行動に移すのが怖いから「逃げたい」というのであれば思い切って取り組んで見たほうが良いことがほとんどです。
「どうせ自分なんか」「どうせ無理だ」「どうせ意味がない」と勝手に決めつけて、自分の可能性を封じ込めてしまう必要は無いのです。
自分の気持ちからは、逃げられない
仕事や環境、人間関係などはその場からは離れたり、場所を移してしまえば一時的にでも逃げることは可能です。
しかし、『自分の本心』『自分はこうしたい』『本当はやってみたい』という気持ちからは逃れられないのです。
逃げたり、どうせ無理だと決めつけて封じ込めてしまうと「自分なんか」「なんで周りだけ幸せそうなんだ」「みんな嫌いだ」と自分も他人も傷つけてしまうこともあります。
批判されたり、失敗することもある
もちろん、自分のやりたいことをやって必ずしも成功したり、賞賛されたりするわけではありません。
時には厳しいことを言われたり、失敗してしまうこともあることでしょう。
しかし、それを覚悟の上で実際に行動に移してみることが「自分の気持ちを大切にすること」に繋がります。
自分の気持ちから逃げる必要がなくなるのです。
自分の気持ちから逃げる必要が無くなると、自分の人生が途端に開け、面白くなり、「自分の身や心を壊しそうなこと」「本当は苦手でどうしてもやりたくないこと」「本当は誰かに任せたいこと」をしっかりと拒否したり任せたりすることもできるようになるのです。
まとめ:嫌なことこそ、やったほうが良い時もある

「嫌なことから逃げたい」と感じた時は、以下の点についてよく考えてみましょう。
・身も心も壊しかけているから嫌だ、逃げたい。
・自分にどうしても合わない、苦手、誰かにやって欲しい。
ということであれば断られたり批判されることを覚悟で誰かに任せたり頼ったり、時には環境を変えるという「逃げ」を大切にしてみましょう。
そしてもし、
・本当はやりたいことがあるけど、批判されたり傷つくのが嫌だから逃げたい。
・バカにされたり反対されたり失敗するのが怖いから逃げたいということにしている。
という「自分の本当の気持ち」に心当たりがあるのであれば是非一度、『やりたいこと』『やってみたいこと』『断られるかもしれないけど頼みたいこと』『馬鹿にされるかもしれないけど言いたいこと』を実際に行動に移してみましょう。
「嫌なことから逃げたい」と感じて実際に行動に移すと、自分が見たくないもの、感じたくなかったものを体験することがあります。
しかし、実際にその嫌なことを通り抜けてしまうと「大丈夫なんだ」「いけるじゃないか」と気づくことになります。
仕事を変えたり、人に意見を言ったり、やりたいことをやってみたり、やりたくないことをやめてみたり。
自分にとって「これがしたい」「こうしたい」という選択肢を取ることは怖いことかもしれません。
しかし、そこに飛び込む覚悟と勇気さえあれば、いつでも踏み出せるのです。
自分にとって何が嫌なのか、「逃げて馬鹿にされることが嫌」「苦手なことをするのが嫌」「面白くないことをするのが嫌」「ダラダラするのが嫌」「やりたいことをやって批判されるのが嫌」「親に文句を言われるのが嫌」、といったことを考えてみましょう。
そしてそれ以上に大切なのが、批判されたり、バカにされたり、文句を言われたり、失敗して傷ついてしまうことも覚悟の上で「自分はどうしたいのか」ということを知って行動に移すことです。
「本当は違う仕事がしたい」「本当は遊びに行きたい」「本当は休みが欲しい」「本当は少し手が抜きたい」「本当は謝りたい」「本当は助けて欲しい」。
自分の気持ちを「どうせ意味がない」「どうせ無理」「どうせ自分なんか」と封じ込めてしまう前に、一度だけでも、「傷つくのは嫌だけど、やる」ということが大切なこともあるのです。
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