やりたくないことはやらない生き方をオススメする3つの理由

Hiko
こんにちは、Hikoです。

 

「やりたくないことはやらない。」

そんな決意に対して一体どのようなイメージを持つでしょうか。

 

一見するととてもワガママで、身勝手で、迷惑な考え方のように捉えられるかもしれません。

確かに一方的に「やりたくない!」「嫌だ!」と押し付けられたら腹が立ったり甘えていると感じる行為のようにも見えるかもしれません。

 

しかしながら、『やりたくないことはやらない』ということは生きていく上でとても大切な、そしてとても勇気のいる行為でもあるのです。

 

今回は、「やりたくないことはやらない」と決めて実行することの大切さとオススメするワケ、そしてその方法についてご紹介していきましょう。

 

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やりたくないことはやらないのは悪いこと?

やりたくないことはやらない、という言葉を見たり聞いたりするととてもワガママで、甘えで、身勝手な行為のように感じることがあるかもしれません。

そして同時に抱くのが「子供じゃあるまいし」という気持ちです。

 

小さいころ、特に赤ん坊の頃は私たちの多くは好き勝手に泣いて、笑って、ご飯を食べさせてもらって、ワガママを言いたい放題でした。

それでも親や大人たちは「仕方ないなぁ」と許してくれたりもしたものです。

 

それが学校や家庭、大人になるにつれて「しっかりしなくてはならない」「好き勝手言ってはならない」「我慢しなくてはならない」という暗黙のルールのようなものに縛られていきます。

 

特に親などの身近な人に自分の意見を言ったりやりたくないこと(例えば勉強)をしない姿を見せると酷く怒られたり、甘えるなと言われたり、我慢してやりなさいと言われたりし続けると「やりたくないことも我慢してやらなくてはならない」という意識が強く根付いていきます。

 

なぜネガティブなイメージがあるのか

やりたくないことはやらないということに対してネガティブなイメージを持つのは、家庭や学校、テレビなどで教えられてきた「嫌なことでも我慢して頑張るべき」「文句を言わずにやらないとひどい目に合う」ということを意識的にか、あるいは無意識のうちに教え込まれてきたことが大きいでしょう。

 

頑張って我慢して人の言うことを聞いて働かないといけない、やりたくないこともやらないと立派な大人とは言えない、やりたいことを優先するなんて言語道断、やりたいことは立派な人間になってからするべき…などの言葉を聞いてきたことはないでしょうか。

 

やりいことをやって、やりたくないことはやらないという言葉は「ただただ身勝手な生き方」「みんな我慢しているのだから同じように我慢するべき」という考え方の元にとても悪いイメージを持たれる生き方とも言えるかもしれません。

 

しかし同時に考えて欲しいのが、「やりたくないことはやらないなんて甘えだ」「やりたくないことでも我慢してやらないといけない」と言っている人は果たして、「やりたくないことはやらない生き方」というものを実践したことがあるのかということです。

 

そして、やりたくないことも我慢して頑張って、自分を抑えて生き続けている人は果たして心の底から楽しく生きることができているのでしょうか。

 

我慢して頑張って生きる生き方を否定するわけではありませんが、もしそれが自分の生き方に合わず、ただただ言われてきたから我慢して頑張らないといけないんだと考えて生きているのであれば、少しでも肩の荷をおろして生きられる「やりたくないことはやらない生き方」を参考にするとより素敵な人生が送れるかもしれません。

 

やりたくないこととは具体的にどんなこと?

『やりたくないこと』とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。

それは人によって異なる部分があるので一概には言えませんが、例としては「満員電車に乗りたくない」「人に合わせすぎたくない」「実家で暮らし続けたくない」「同じ環境に居続けたくない」「飲み会にいつもいつも参加したくない」などが挙げられるかもしれません。

 

やりたくないことというのは自分の心が知っているものです。

「本当はこれはしたくないんだよなぁ、でも仕方ないしなぁ…」と心の声が聞こえてくるものは大抵が『やりたくないこと』と言えるでしょう。

 

やりたくないことが分からない、という人はあまりにもやりたくないことを抱えすぎて自分の心が麻痺してしまっているか、あるいはとても満足して生活できているということです。

 

やりたくないことが思いつかず、今で十分幸せだという人はそれはとても素敵なことです。

しかし、本心ではやりたくないことを我慢して続けている人は心の底でどんどん不満やストレスがたまり、どこか怒りや悲しみに似た感情を抱き続けているかもしれません。

 

少しでも良いので、静かに一人で過ごせる時間を見つけて自分が本当はやりたくないことを考える時間をとることが大切だと言えるでしょう。

 

やりたくないことをするデメリットとは?

では、やりたくないことを我慢してやり続けることには一体どのようなデメリットがあるのでしょうか。

 

ストレスの元が残り続ける

やりたくないことをやらなくなったとしてもストレスを感じることはありますし、ストレスが無くなることが全てではありません。

 

しかしながらやりたくないことを我慢して続けているとどうあがいてもストレスを感じる元が存在し続けるのです。

一時的に遊びやお酒、スポーツなどで解消できたとしても「またやりたくないことをしなくてはならないのか」とウンザリすることには変わりありません。

 

「本当はやりたくないので断ります」「本当はやりたくないのでやりません」ということを伝えたり行動できれば、少なからず自分の気持ちを表現できるのストレスを感じることもグッと少なくなるのです。

 

自分を傷つける生き方とも捉えられる

やりたくないことを引き受け続けて生きることは、「自分の人生はやりたくないことを我慢してやらなくてはならない価値のものなのです」「自分の気持や本心・やりたいことよりも、やりたくないことを我慢してやることの方が大切な人生なんです」と無意識のうちに宣言してしまっているようなものです。

 

意図的ではなくとも心の底にストレスや不満がたまり続け、「自分は大切な存在ではないんだ」「自分の人生は我慢しなくてはならない人生なんだ」と、どんどんいじけたような、自らを傷つけるような考え方に蝕まれていってしまうこともあります。

 

物事の程度によって自分よりも相手の意思や周りの状況を優先することも大切なことはあるかもしれませんが、自分が我慢してやらなくても良いのではないかと考えられるようなことまで引き受けてしまうのは自分のことを大切にできない生き方とも捉えられるのです。

 

自尊心が低くなっていく

やりたくないことを必要以上に我慢してやり続けることは、自尊心・プライドを酷く損なう行為でもあります。

 

無意識のうちに「自分はこの程度のもの」「自分の人生は辛いもの」「自分さえ我慢していれば良い」という生き方が身についてしまうと、知らず知らずのうちに大変な目に合うような環境に身を置きがちになってしまったり、相手に言いたい放題言われたりすることになってしまいます。

 

病気や喧嘩の元になることも

やりたくないことを我慢し続けてやるというのはストレスが溜まることなので、当然肉体的にも精神的にも健康的な行為とは言えません。

 

小さなことでも我慢が続けばいずれは爆発して大きな病気・鬱のような症状として表れたり、あるいはストレスが元で常にイライラし続けて喧嘩っ早くなったり相手をコントロールする・DVなどの暴力に走ったりすることがあります。

 

また、「自分も我慢しているから周りも我慢するべき」という考え方が強くなるとより相手を押さえつけるような行為が増えるでしょう。

 

逆にやりたくないことをしていない人はそのようなストレスが溜まりにくいので、相手を無理にコントロールしようとしたり傷つけることも少なくなるのです。

 

やりたくないことはやらない生き方をオススメする3つの理由

それでは、『やりたくないことはやらない生き方』にはどのようなメリットや意味があり、またなぜその生き方をオススメするのかを紹介していきましょう。

 

ストレスが大きく軽減される

まず第一に、ストレスの軽減が大きなメリットと言えるでしょう。

自分のやりたくないことに割く時間が減るので、自分のやりたいこと・自分の好きなことを優先できるようになり自然と気持ちも軽くなります。

 

また、我慢が少なくなると気持ちが明るくなり対人関係・仕事・家庭などにも大きく好影響を及ぼしてくれます。

 

自分と他人を大切にできるようになる

やりたくないことはやらない生き方は一見するとワガママなだけのように感じますがそれは大きな誤解とも言えます。

 

確かに「やりたくないです」「やらないです」「行かないです」と発言したり行動することで相手が迷惑そうに感じたり、批判されることもあります。

 

しかしながら、「自分は本当はやりたくない」という気持ちを尊重することによって『自分のことを大切にする』というとても大きな意味を得ることができるのです。

自分のことを大切にすることが増えると「自分は大切にされて良い存在なんだ」「自分は大切なんだ」と心も落ち着きますし、同時に「自分のことを優先させてくれる世界や他人への感謝の気持ち」も生まれるのです。

 

やりたくないことをしないという部分だけを見ればワガママですが、それによって日常にあるありふれたものに対して「ありがとう」「幸せだ」と感じる気持ちが芽生えて、周囲に温かい気持ちで接することができるようになります。

 

自分と周囲を大切にする行為という意味では、やりたくないことはやらないというのはとても大切な行為なのです。

 

 

自分の人生を生きることができるようになる

やりたくないことをやらないと決めることで、自分の人生の見え方が大きく変わってきます。

 

一日一日を大切に、落ち着いて過ごすことが可能になってくることでしょう。

 

また気の乗らないことや他人のことに振り回されることも少なくなり、さらに自分の気持ちを素直に表現しやすくなるので人間関係にも良い変化を起こすことができます。

 

やりたくないことをしている時は「嫌われたくない」「怒られたくない」「失敗したくない」という気持ちが強く働いて波風を立てずに過ごしていた部分があるかもしれません。

 

やりたくないことをやらずにいるとそれに反発したり批判する人との波風が立つことはあります。

しかし、そこさえ受け入れる覚悟があれば自分の人生を生きることが可能になるのです。

 

 

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やりたくないことはやらない生き方を始めるための5つのコツ

では実際に『やりたくないことはやらない生き方』を実践するためにはどのように行動していけば良いのでしょうか。

 

一人の時間を持つ・書き出してみる

やりたくないことをやめる際に、自分の気持ちをよく知っておく必要があります。

普段何気なく生活していて知らず知らずのうちに我慢していることがたくさんあります。

 

自分の気持ちを知るために、まずは一人の時間・自分の時間を持って自分のために過ごすことを実践してみましょう。

その際に「あれはしたくないな」「あれはやめたいな」と思うことがあればノートなどに書き出してみることも1つの手です。

 

何よりも自分の気持ちを自分自身で見つめていくことが必要なので、しずかに過ごせる時間を作ってみましょう。

 

 

表現・行動に移すことが何よりも大切

自分の気持ちをよく見聞きしてやりたくないことが分かってきたら、実際に行動に移すことがなによりも大切です。

 

頭で「やりたくない」と気づいていても、実際に行動に移すことは困難なことがあります。

他人から批判されたり注意されたり、あるいは迷惑だと言われること可能性もあるからです。

 

逆に言えば、自分のやりたくないことをやってしまう大きな要因の1つは「他人からどう思われるか」ということが気になるからと言っても良いでしょう。

 

他の人から嫌われたり注意されたり、あるいは批判されることを覚悟で自分の気持ちを優先することができればそれだけでも気持ちは軽くなります。

 

それでも実際に行動に移すことが困難なこととして、仕事を辞めること・人付き合いを変えること・人の頼みを断ることなどが挙げられるでしょう。

本当はやめたいと思っていてもなかなか行動に移すことができない場合は、小さなことから自分の気持ちを行動に移すことが大切です。

 

本当は我慢せずにおいしいレストランに行きたい、本当は会いたくない人がいるから会わないなど少しづつできそうな部分から行動に移すことでより大きな決断が可能になってくることでしょう。

 

 

見返りや思い通りの反応を求めすぎない

注意する必要があるのが、「やりたくないことはやらない」と決めて実際に行動に移してみても思った通りの結果や反応が返ってこないことも知っておくことです。

 

自分の気持ちを表現したからと言ってそれを相手や周囲の環境がどう受け止めるかは周りの人たち次第です。

それを無理やりコントロールしようとするとストレスになり本末転倒です。

 

あくまでも「自分はやりたくない」と感じていることを表現したり、発言したり、行動に移すことが大切なのです。

 

周りを頼る・相手を信頼してみる

やりたくないことを抱え込みすぎる人は「自分がやらなくてはならない」「自分さえ我慢すれば」という自己犠牲の精神の他に、「どうせ頼んでもムダ」「どうせ誰もやってくれない」と周囲の人や環境を信頼していない部分もあるかもしれません。

 

あえて迷惑をかけてしまう覚悟で「お願いします」「代わりにやってほしいです」と伝えることで、人を頼りにして信頼していることが伝わることもあるのです。

 

なんでも自分一人で抱え込みすぎてストレスで爆発してしまうことは時に迷惑にもなってしまうことがあるので、恥をかいても良いやという気持ちで人を頼ってみることも大切です。

 

「どうせ無理」で片付けない

やりたくないことをやってしまう人は「人を頼ってもどうせ意味がない」「そんなワガママを言ってもどうせムダだ」「どうせうまくいかない」「どうせ無理だ」と自分の気持ちに従う前に勝手に諦めてしまっていることがあります。

 

それは過去の経験、例えばワガママを言って親に怒られた・叩かれた、誰かに傷つけられたといったことを深く記憶していて、これからも同じように拒絶される・受け入れてもらえないと決めつけてしまっているからです。

 

もちろん必ず受け止めて貰えるとは限りません。

自分の気持ちを尊重しても相手がどう判断するかは相手次第だからです。

 

それでも、自分の気持ちを優先して「やりたくない」と言ってみたり断ったりするのか、それとも諦めてやりたくないことをし続ける選択をするのか。

どちらが正解、どちらが幸せということではありません。

 

あくまで、『自分がどうしたいのか』ということを真剣に考えてみましょう。

 

たとえ相手から嫌われたり批判されたとしてもやりたくないことを少しでも減らして自分を尊重する生き方をしてみるのか。

 

それとも我慢をして相手に尽くしてみる生き方を選ぶのか。

 

どちらにしても、「どうせ無理」「どうせムダ」「どうせ意味がない」と一言で片付けてしまうよりも一度自分の気持を素直に表現することで少しでも道が開けることがあるのではないでしょうか。

 

 

失敗したり傷ついても自分の価値は変わらないことを覚えておく

「やりたくないことはやりません」と決めて実際に行動に移すと少なからず反発する人や批判をする人が表れることでしょう。

 

しかし、たとえ自分の気持ちを尊重する行動を取って相手に批判されたり傷つけられたと感じても自分の価値は何ら変わっていないことを良く覚えておくことも大切です。

 

「ワガママだ」「甘いやつだ」「そんな生き方が通用するわけがない」と言われて傷ついたとしても、あなたの魂や存在価値は変わらず尊いものなのです。

 

傷ついたり怒られたりすることは覚悟の上で進むことでしか「やりたくないことはやらない生き方」は実践できません。

 

逆に言えば、『勇気』『覚悟』があれば実行できるのです。

 

迷惑行為を推奨しているわけではない

やりたくないことはやらないということは、決して誰かに迷惑をかけることが目的ではありません。

 

自分の気持・自分のことを大切にすることが本来の目的であり、その結果誰かに迷惑をかけてしまったり頼ることにもなります。

あくまで自分の「やりたくない」という気持ちを尊重することだけを心がけましょう。

 

自分を責めても良いし、責めすぎなくても良い

やりたくないことをやめようと思って実際に行動してみると、想像以上の「罪悪感」に襲われることがあります。

 

これまで「我慢が美徳」「我慢することは当たり前」と教わってきていたりそう思い込んでいると自然とそうなることが多いでしょう。

そんな時は自分を責めることを許しても良いですし、責めないでも良いのです。

 

どちらが良い、どちらが悪いという考え方がそもそも極端ですので、やっても良いし、やらなくても良い、自分を責めても良いし、責めなくても良い。

どちらも『アリ』なんだという考え方を根底に持つことが大切です。

 

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

 

『やりたくないことはやらない』ことは単なるワガママ・甘えと捉えられがちですが、実際に行動することはとても『勇気』『覚悟』がいることなのです。

 

自分の行動を批判されたり反発されたり、あるいは大きな失敗にも突き当たることがあるかもしれません。

 

それでも自分の気持ちを大切にして行動してみるのか。

我慢してみるのか。

 

少なくとも今まで我慢し続けていて行き詰まっている人、息苦しい人、うまくいかないひとは「やりたくないことはやらない」と決断して行動することで変化が訪れることは間違いありません。

 

そして実践するには『勇気』『覚悟』だけあれば良いのです。

準備も、用意も、資格もありません。

 

実際に行動するのか、しないのか。

 

その選択がきっと人生をより豊かに、より素晴らしく見せてくれるようになることでしょう。

 

 

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