素直になれない心理〜素直になるのを拒んだのは、自分だった

Hiko
こんにちは、Hikoです。

 

素直になりたいのに、素直になれない。

 

素直に聞きたいけど、素直に聞き入れられない。

 

素直になりたいけど、そもそも素直がなんなのかが分からない。

 

素直なつもりなのに、素直じゃないと言われてしまう。

 

『素直』という言葉はよく聞きますし、簡単で、当たり前に大切なことのようにも感じるかもしれません。

 

しかしいざ『素直さ』というものに向き合った時に「素直さって何?」「素直になるってどうすれば良いの?」「素直な気持ちが分からない」と思ってしまうかもしれません。

 

私達が生活する上で、人と関わっていく上で、『素直さ』というものはとても大切で、尊くて、温かいものだということをご存知でしょうか。

 

今回は、『素直さ』について、素直になれない心理、素直になれない要因、素直になりたい時はどうすれば良いのか、素直なことの大切さについてご紹介していきましょう。

 

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素直さってなんだろう?

一口に『素直さ』と言われても、どういうことが素直なのかがわからないことももあると思います。

 

ここでは、いくつかの『素直さ』についてご紹介していきましょう。

 

”受け取る”素直さ

素直さの一つに、「受け取る」という行為に対する素直さがあります。

 

受け取るというのは物理的にも、精神的にも、あらゆることが含まれます。

たとえば、お金を受け取ることだったり、欲しいものを受け取ることだったり、愛情や褒め言葉などを「ありがとう」と言って受け取ることなどが挙げられます。

 

また反対に、人からの批判や自分の失敗や感情、うまくいかなかった出来事など少しネガティブなことに対しても素直に「失敗したなぁ」「批判されたなぁ」と受け取ることも挙げられます。

 

自分にとってポジティブな気分になれることも、そうでないことも「ありがとう」「そうなのか」と卑屈になったり捻じ曲げたりせずに受け取ることが『素直さ』の一つの要素と言えるでしょう。

 

”表現する”素直さ

物事やお金、感情や精神的な部分を受け取る素直さに対して、”表現すること”についての素直さも考えられます。

 

嬉しかったなぁ、有難かったなぁ、寂しかったなぁ、苦しかったなぁ、良かったなぁ、嫌だったなぁ、悲しかったなぁ、腹が立ったなぁ、欲しかったなぁ。

悲しいなぁ、寂しいなぁ、怖いなぁ、分からないぁ、うるさいなぁ、嫌だなぁ。

 

人それぞれに、感じることは異なりますがあらゆることについて感じたこと、思ったことを素直に表現する素直さも大切です。

 

しかし一つ注意してほしいのが、知らず知らずのうちに「卑屈さ」「拗ねた気持ち」を含んだ言葉を発してしまうことがあるということです。

 

本当は「嫌な奴」と言いたいのではなく、「話したかったなぁ」と表現したかったかもしれません。

本当は「そんなに凄い?」と言いたかったのではなく、「私も欲しい、すごい!」と言いたかったことがあったかもしれません。

 

私たちは自分自身でも気づかないこような心の奥底に卑屈さや、「どうせ自分なんて」「どうせ誰も分かってくれない」「どうせ意味がない」「どうせムダだ」「どうせアイツは嫌なやつなんだ」という拗ねた気持ちを抱えていることがあります。

 

その部分に気づかずに自分や相手を貶めるような発言をしてしまっていたり、素直に受け取ったり表現できずにいることがあるのです。

 

”やりたいこと、やりたくないこと”に対する素直さ

他にも挙げられるのが、「自分のやりたいこと・やりたくないことに対する素直さ」です。

 

私はこれがやりたい、これはしたくない。

損得勘定や罪悪感、世間体や誰かから言われたからという理由ではなく、ただただ自分がしたいと思ったことに挑戦したり、どうしてもやりたくないことをやめたり頼ったりする素直さです。

 

自分のやりたいことを「親が止めたから」「周りにバカにされたから」「お金が無いから」という目の前にある端的な理由でやめてしまうのではなく、「それでもやりたい」「やめてみたい」と思える素直さです。

 

”周りの人”に対する素直さ

感情や言葉を受け取る際に大切になってくるのが、”周りの人”に対する素直さです。

 

つまり、自分に話しかけてくれる人の言葉を自分の中で変に曲解せずに聞いてみたり、あるいは自分の言葉を勝手に諦めずに伝えてみる素直さです。

 

また、相手に対する感謝の言葉や謝罪の言葉を素直に表現することも含まれますし、時には相手を信頼してぶつかったり文句を言ってみる素直さもあるのです。

 

自分と相手はそれぞれ尊重されていて、お互いにいい人ぶったりせずに素直に感想や感情を伝えてみても良い、と思える素直さなのです。

 

さらに、自分に手を差し伸べてくれている人の手を借りてみる素直さもあるのです。

 

素直になれない心理とは?

ここまで挙げたことは、頭では理解できる・理解できていることも多くあるのではないでしょうか。

 

それでもなお、私たちは『素直』になることが難しいと感じることがあるのです。

では一体なぜ、素直になれないのか、素直になり難いのか、その心理について紹介していきましょう。

 

過去の経験から、諦めてしまっている

素直になれない要因の多くは「過去の経験」が起因していることでしょう。

 

昔、正直に気持ちを伝えた時に悲しい顔を見たりして、罪悪感を抱いてもう二度と素直な気持ちは出したくないと思った。

自分のやりたいことをやろうとしたら止められた、好きなことをバカにされた、文句を言ったらボコボコにされた、親に逆らったら放り出された、自分の気持ちを伝えたら除け者にされた、やりたいことをやったら辛い目に合った。

 

人それぞれに様々な経験がありますが、「自分は昔こんな苦しい思いをしたから」「かつてこんな風に教えられてきたから」「絶対に無理だと言われてきたから」「正直に言ったら怒られたから」「素直になったら悲しい顔をされたから」という記憶があるでしょうか。

 

それらの”せい”では無いのですが、自分の中に上記の類の記憶・経験が罪悪感と共に留まり続け、いつの日にか「自分の素直な気持ちを大切にすることは諦めよう」と決めてしまったのです。

 

自分の素直な気持ちは悪いものという思い込み

周りの人に怒られてしまったり、悲しい顔をさせてしまったり、あるいは自分自身が傷ついたり失敗したことをきっかけとして、「自分の素直な気持ちは悪いものなんだ」「自分のありのままの感情や表現は醜いものなんだ」という思い込みをしていることがあります。

 

怒られたことや周りの人が悲しそうな顔をしていたこと、バカにされたことなどを自分自身の生き方や存在の価値そのものと切り離すことができず、いつまでも罪悪感や他人に対する復讐心を抱え、他人や環境のせいにすることを続けたり、自分の気持を封印してしまっているのです。

 

どうせまた傷つく、という思い込み

自分の気持ちを素直に表現したり、あるいは受け取ったり、尊重することが難しくなるのは「どうせまた傷つくだけだ」「どうせまた殴られる」「どうせバカにされる」といった被害妄想的な思い込みも要因の一つです。

 

もちろん自分の気持ちに素直になることで批判を受けたり、怒られたりすることはあるでしょう。

 

しかしながら、だからといって「自分の気持ちに素直になることは諦めなくてはならない」「自分の素直な気持ちは意味がない」と思い込む必要はないのです。

 

傷つきたくない、バカにされたくないという気持ちが現実を形作る

傷つきたくない、バカにされたくない、もう二度と嫌な思いをしたくないという気持ちを持つことは誰にでも起こりうることです。

 

しかし同時に、「傷つきたくない」「バカにされたくない」「怒られたくない」という気持ちがそのまま現実に現れてしまいます。

つまり、「傷つきたくない」という気持ちを感じるためにビクビクとした雰囲気を相手に与えて自分のことを傷つかせようとするのです。

 

そしてまた「やっぱり傷つけられる」「どうせ意味がない」と素直にならずに済む証拠を探してしまうのです。

 

素直になれないのではなく、素直になれると困ることがある

素直になれない、素直になりたいけど無理だと考えている人は、自分にとって「素直になることができると困ること」に心当たりはないでしょうか。

 

つまり、今まで「自分は素直になれない」「素直になれるわけがない」「素直になりたくない」「素直になると傷つくばかりだ」と思ってきた自分にとって、「これからは素直な生き方をしてもいい」ということに気づくと大きな損があるのです。

 

たとえば、今まで悪い人と思ってきた親や友人、過去の出来事、今の環境、その他諸々の全てに対して、『実は自分が勝手に素直にならないことを選んできただけで、どのような環境・状況にあっても素直な生き方をすることができるから、もう全て許してしまいましょう』と言われたらどうでしょうか。

 

そう簡単に「はい」とは言えないこともあるのではないでしょうか。

 

あるいは、人の愛情も助け舟も、チャンスも言いたいことも、全て自分が「素直にならない」と決めて勝手に捨てたり、手を取らなかったり、諦めてきたと知ってしまったらどうでしょうか。

 

今まであんなに苦しい思いをしてきたのに、いまさら全て許して、素直に生きても良いなんて言われても、困る。

この先素直に生きて、もし、すばらしいことや楽しいことに巡り合ってしまったら、今まで「自分は素直になれない」「素直になっても意味がない」と思い込んで生きてきた人生はなんだったんだ、なんて思いたくない。

 

「素直になれない」んじゃなくて、自分が勝手に「素直になんてなってやるもんか」と決意してきたことに気づいたら、今までの人生が全て自分の一人相撲だったことになる。

そんなこと受け入れられない。

受け入れたくない。

 

そして、さらに『素直にならない』生き方を決意してしまった人もいるのです。

 

 

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素直になることの大切さとは?

ではもし、これから「素直に生きてみよう」と決意して生き始めた時に、一体どのようなことに気付けるのでしょうか。

 

愛情も、豊かさも全て、あったことに気付ける

もしこれから先、自分が自分に「素直に生きること」を許して行動してみたとき、身の回りにはいつでも愛情や豊かさがあったことに気づけます。

 

今まで自分が勝手に曲解したり、諦めたり、投げやりでいたことの受け止め方・表現の仕方が変わってくるからです。

 

自分に「素直になってもいい」と許すことができると、周りの物事を捻じ曲げずに、素直に受け取ることができるのです。

 

批判されても、バカにされても、大丈夫だということに気付ける

素直に生きたとしても当然、誰かに批判されたり喧嘩してしまったり、怒られてしまうことはあります。

 

しかし同時に感じるのです。

「批判されても素直でいていいんだ」「バカにされても素直でいて良いんだ」「悲しんだり、凹んだり、落ち込んでもなお、素直に生きることを選んでも大丈夫なんだ」ということに気付けるのです。

 

 

自分の素直さは、とてつもない素晴らしさであったことに気付ける

素直に考えて、素直に生きてみて、素直に行動してみると周りからも素直な反応が返ってくることが増えていきます。

 

当然良いことだけ、というのはあり得ませんが、素直な言葉や行動、生き方に対して「良いね」「素晴らしいね」という反応もあるのです。

 

また、自分が素直にやりたいと思ったことはイヤイヤだったり卑屈な思いで行動するときよりも圧倒的にスムーズに進んでいきます。

 

素直に生きてみても良いんだ、と気付ける

素直に自分の気持ちを尊重して行動してみたり、発言してみたり、やりたいことをやってみたり、やめたいことをやめていくと傷ついたり落ち込んだり、悲しいと感じることも起きます。

 

しかし、それでもなお「素直に行動してもいい」「素直に生きてみても良い」と信じられることはとてつもない気づきなのです。

 

自分の気持ちに嘘をついたり、相手の助けを卑屈に拒絶したりせずに、自分の思うようにやってみようと動けることはきっと、自分が生きる上での大きなエネルギーとなってくれることでしょう。

 

自分がいかに素直でなかったかということに、気付ける

素直に生きることを決断して、選択して、行動すると、「自分が今までどれだけ勝手に諦めて、捻くれて、拗ねて、曲解して、素直でない生き方をしてきたのか」ということに気付けます。

 

それは喜びという部分もありますし同時に、今までの行いに対する後悔や反省という気持ちも含まれることでしょう。

 

しかしいずれにしろ、素直な生き方を選択し始めると今まで信じていた景色がガラッと変わることになるのです。

 

素直になる方法とは?

素直である・素直になることはそれ相応の決意は必要です。

しかし逆に言えば、決意を持つことができるようになると、自然と物事の見え方や自分の在り方も変わっていきます。

 

それでは、どのように考えたり動いてみることが大切なのでしょうか。

 

過去の感情を洗い流していく

素直になれない人の多くは過去の感情に執着してしまい、今、ここから始めることが難しくなってしまっています。

 

あの時ひどい目にあったから、あの時傷ついたから、あの時無理だったから。

それらの出来事は確かに経験したかもしれませんが、だからといってこれからの生き方を全て投げ出してしまうことはありません。

 

これからの生き方を考える始めの一歩として、『昔感じたこと』を徹底的に洗い流して行くことが大切です。

 

悲しかったなぁ、辛かったなぁ、苦しかったなぁ、怖かったなぁ、嫌だったなぁ。

涙を流しながらネガティブな感情を出していきましょう。

 

卑屈になる必要もありません。

ただただ、悲しかった。ただただ、辛かった。ただただ、苦しかった。

 

それでも、これからは素直に生きて良いんだ、と感じ始めてみましょう。

 

どうせ素直になってもいい、と信じてみる

今までなかなか素直になれなかった人は、「どうせ素直になんてなれっこない」「どうせ意味がない」と半分諦めたような、半分諦めたくないような気持ちを持っていた人が多いでしょう。

 

これからは、「どうせ素直になってもいい」「どうせ素直になっても生きていける」「どうせ素直になれる」と信じて行動してみましょう。

 

目に見える結果にこだわりすぎない

素直になってもぶつかる時はぶつかりますし、悲しい時は悲しいものです。

 

素直になったから良いことばかりだから素直になろうということではないのです。

素直になると、自分に気付けるから、素直になってみよう、ということなのです。

 

また、たとえぶつかっても大丈夫ということを知るためにも時にはぶつかってしまうことすら大切なのです。

 

 

やりたいことをやろう、やめたいことをやめよう

人間関係において素直になることは大切なことです。

私は好き、私は嫌だと感じた、ありがとう、ごめん。

 

卑屈になったり捻じ曲げたりしないことで、気持ちの良い人間関係になることでしょう。

 

同時に「自分のやりたいこと・やめたいこと」に対しても素直になってみることも大切です。

 

どうせ意味がない、どうせ失敗する、どうせバカにされる、というところで止まってしまうのではなく、素直にやってみたいと思ったからやってみる、やめたいと思ったからやめてみるのです。

 

失敗しても、ムダに終わってしまっても良いのです。

 

自分の行動も素直になると、周囲に対しても素直さを許せるようになります。

 

迷惑行為や犯罪行為は除いて、結果や反応にこだわらず素直に行動してみましょう。

 

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

 

素直になれない、素直になることに抵抗があるのは過去の経験や感情を根強く引きずっていしまっていることが大きな要因です。

 

「昔あんなことがあったから」「今更無理」「もう素直になりたくない」「自分は素直になれない人間なんだ」と固く決意してしまった自分に気づくことが第一歩です。

 

過去の感情、経験を洗い流していく。

素直になれる、素直になってもいいと信じて行動してみる。

結果よりも、素直さを尊重してみる。

やりたいこと、やりたくないことにも素直になってみる。

 

自分にとって素直になるとどんな怖いこと、どんな損があるのか。

一体何が覆ってしまうのか。

 

どこかに『素直にならないと決めてしまった要因』があることでしょう。

 

一つ一つ気づき、流し、許し、自分の素直さを信じていってみましょう。

 

 

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2 件のコメント

  • 心が洗われる教えをありがとうございます…
    涙が溢れて流れますが、心は不思議と落ち着いています。

    いろいろな感情に蓋をして、自分と強く向き合わずに済む面だけは理想通りの自分に近付ける努力をし、達成を実感しながら生きてきました。
    自分に何かが欠けていることも、逆に過剰に付いているものがあることも、薄々気が付いていました。
    これまでは、自分をよく知る勇気は持てませんでした。

    今、どんどん変わっていく自分を感じています。
    十分な年齢なのですが、なんだか生まれ変わっているような感覚を最近持つようになりました。

    今後も愛読させて頂きます。
    本当にありがとうございました

  • 自分は元々素直だったんだと思います。
    でもいつからか、何でかは詳しく憶えていませんが、人に対して気を遣う事を覚えました。
    そのおかげで初対面の人にはすごくしっかりしてるねと言われるようになったりしました。
    だからこれが正しい事なんだと、自分を殺して人に合わせるのが正しい事なんだと、思うようになりました。そして親にも気を使うようになったんだと思います。親はとても怖い人でした。何を言っても反発されるし、説教はとても嫌味たらしい。だから自分はそんな自分がダメなんだと、思うやうになりました。そして中学の頃、自分の事を話して人から避けられました。だから人に合わせました。気を使いました。親にも気を使いました。その時はそれが正しい事なんだと信じていたので苦ではありませんでした。その頃から、自分を出さなくなるようになったんだと思います。でも高専にきて、自分が苦手な理系をするにつれ、段々としんどくなり、最終的に親のせいや、周りのせいにして卑屈になって惨めになって、どうしようもなくなって、人に対してどう接すればいいのかわからなくなって、引きこもりました。それが丁度今から3ヶ月程前です。
    ですが夏期休暇を挟んで勇気を出して学校に行くことにしました。とてもとても辛かった。でも、周りの人は自分が思っているよりずっとずっと批判的じゃなかった。寧ろ黙っているだけで本当は心配されているのかもしれないとも思うようになった。
    実際はそんな事ないのかもしれない、自分なんて来るなよと思われてるかもしれない。でも実際はそんな事その人しかわからない。自分が勝手に想像して勝手に傷ついていただけだったんだ。そう思えらようになりました。お陰で成績は最下位です。でもわからない事だらけでも、わからない問題をわからないと言うことは恥じゃないと、思えました。
    だってわからないんだもの。先生は聞いても教えてくれないと思ってた。でもそれも違った。実際に行って聞いたら何十分何時間も時間をとって教えてくれた。そこに忖度なんていらなかった。しかも自分のこんなどうしょうもない性格の事を話しても黙って話を聴いてくれた。同情するのでもなく、否定するわけでもなく。
    そこでこのサイトに出会った。自分は素直になれない、自分を出すのが怖くて心を閉ざしてる。でもそれは相手にも伝わっていて、相手もどうすればいいかわからない。だからそこで悪循環が生まれてる。
    だから先生に聞いてもらう事にした。そしたらとても楽になれた。でもその一連の流れ自体が、素直になる事に必要だったんだ、自分は認めてもらえるんだ、こう言う自分でも大丈夫だったんだって思えた。
    とても救われました。このサイトに。この記事に。
    まだ素直になる事は難しい事かもしれません。
    でもここに書いてある事は全て当てはまっていたし、同時に素直になった部分で共感できることもありました。これからは自分で居ていいんだ、自分が居ていいんだって。ありがとう。

    長文失礼しました。

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